成田山新勝寺 なりたさんしんしょうじ

ひとことで解説すると

千葉県成田市にある真言宗智山派の大本山。

大事なポイント

  • 成田山明王院と号し、通称成田不動として親しまれる。
  • 寺伝によれば、939年(天慶2)平将門が反乱を起こすと、朱雀天皇は直ちに討伐の兵を遣わすとともに、京都広沢遍照寺の僧・寛朝に天国の宝剣を授け朝敵降伏の護摩を修するよう命じた。
  • 寛朝は京都の高雄山神護寺の不動尊像と宝剣を捧持し、海路東国に下って現成田市内の公津ヶ原に地を選び、ここに尊像を安置して21日間にわたり朝敵降伏の祈祷を修したのが起源。
  • 本尊の不動明王は平安時代、嵯峨天皇の勅命により弘法大師空海が刻して京都高雄山神護寺に奉安されていたもの。
  • 将門は939年常陸・下野・上野の国府を占領したが、940年平貞盛・藤原秀郷らに討たれた。同時期の瀬戸内海における藤原純友の乱とともに承平・天慶の乱という。
  • 「また新たに勝つ」という語句に因み新勝寺と名づけられた。

「成田山新勝寺」 をマンガで解説

海老蔵の得度の話を聞いたし!ただしが出家に興味を持ったようです。

てらかっぱ

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