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手痛いしっぺ返しだし!ただしが平清盛について学ぶようです 第1話

手痛いしっぺ返しだし! 平清盛や源義朝,平安時代を交えながらわかりやすく解説

2016/04/08

みずの

5

平清盛 源義朝 平安時代 日本史 祇園女御 後白河天皇

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  • サトルいるかー!

  • ドアを破壊するな!

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  • すまんつい…

  • んで、今日はどうした。

  • そーだし!聞いてほしいんだし!さっき ミカドに会ったんだし。

  • 何となく予想できるな…

  • ほゎんほゎんほゎん…

    ※回想に入ります

  • やあ、ただしくん。4月だね?就職はしたのかい?

  • ボクはそういうのはいいんだし。そーいうお前はどうなんだし?

  • 僕は外資コンサルのボビーロンドン・アンド・カンパニーに決まったよ。

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何ぞw
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  • まじか!!

  • あーはっはっはっは!働かないなんで人に非ずですね!

  • ちっちくしょー!

  • ……

  • というわけで許せないんだし。

  • なるほど。人に非ずか。平家みたいなこと言ってんな。

    まぁそう怒ることはない。そういう輩は驕る平家は久しからずって言ってな、後で手痛いしっぺ返しがくることは必定だろう。

  • サトル、平家ってなんだし?

  • 何だお前、日本史で習わなかったか?

    平家っていうのは、平安時代末期の平清盛が率いた武士の一族のことだ。祇園精舎の鐘の音から始まる平家物語は古典文学の基本だろ。3年くらい前に大河ドラマにもなったぞ。

  • 思い出したし。あの映像が汚いとかで視聴率がとんでもなく悪かったドラマかし?

  • そうだ。確かに視聴率は悪かったが、ドラマとしては個人的には悪くなかったよ。

    まぁ大河は戦か幕末が舞台じゃないと一般には分かりにくくて受けは悪いだろ。しかも平清盛は一般的には悪役だからな。

    まぁ簡単に言うと、800年前の平安時代末期に調子に乗りすぎたが為に盛大にすっころんた一族がいたってことだ。

  • 日本史とか苦手だけど、そういう風に紹介されるとめっちゃ親近感わくし。教えてくれし。

  • お前が調子に乗るのは自己評価の高さからくる勘違いだから違うけどな…

  • 何か言ったかし?

  • あ。いや。

    よし、じゃあ簡単に分かる平家、平清盛をやってみよう。

    ちなみに作者は歴史の専門家ではないので間違っていても大目に見てほしい。

  • こまけーことはいいんだし。

  • まずは平安時代末期の世の中についてだな。

    当時は京都にいる天皇を中心とした朝廷による貴族政治が行われていて、中でも、天皇を引退した上皇出家してと呼ばれる人が一番の権力者だった。

  • 武士はどうしていたんだし?

  • 武士という存在の誕生には色々な説があるんだが、基本的に、その土地の力のある農民や都から下ってきた貴族が武装していったものが武士の始まりと呼ばれている。

    しかし、当時の武士という存在は誕生したばかりで、地方の土地を開墾したり、国司と呼ばれる役人の年貢の徴収を手伝っていたり、都の警備やをしたりと、まぁ貴族達にいいように使われる身分の低い存在だったんだ。

  • まぁ現代に当てはめるとそう言えるかもしれん。

    貴族達の政治はひどいものだった。当時は、土地はすべて国のものという律令制が一応は施行されていたんだが、それとは別に地方の土地をもつ武士達によって、土地の開墾はどんどんとされていった。

    しかしそのままだと役人が来て、せっかく開墾した土地も律令を楯に奪っていってしまう。そこで行われたのが、都の有力な貴族や皇族に土地を献上して、利益の一部を流すことで、私有を認めてもらい荘園としてもらう。

    この荘園寄進が大ブームとなって、土地の献上が始まったんだ。

  • それって税金を国に納めないで、政治家個人に納めるみたいなもんじゃねーかし。賄賂なんてもんじゃねーし。

  • そう。なので、国の財政はだんだんと衰退していったが、貴族や皇族個人はたんまりともうかっていた。

    だから当時の武士は、開墾した土地の権利を認めてもらうために必死で貴族達の言うことをきいていたんだな。

  • なんと涙ぐましい・・・

  • そんな武士の中にも名門と呼ばれるのが源氏平氏だ。

    両者は、先祖が天皇の皇子で、代々の頭首が大きな反乱鎮圧などを行ってきたので朝廷の中でも地位が高い。

    清盛は、そんな平氏の中でも京都を本拠地とする伊勢平氏、後に平家と呼ばれる家の嫡男として生まれる。

    ちなみに清盛は後に大出世するんだが、その理由として、実は法皇の隠し子で、平氏にこっそりと養子にだされたんだという説があったりする。大河ドラマではこの説が大々的に取り入れられていたな。事実かどうかの確たる証拠はないんだが、しかしこの法皇、白河法皇というのが、まさにセックスマシーンと言っても過言ではないくらいとにかくめちゃくちゃだった。

  • セックスマシーンだと……?

  • はじめは一人のお后を愛する普通の人だったんだが、そのお后が亡くなると、身分を問わず多数の女性と関係を持った。

    特にひどいのが、もう祖父と孫ほど年の離れている璋子という養子にした娘と関係していたらしい。

    そしてその璋子を実の息子の鳥羽天皇に嫁がせる。そして璋子は祟天皇を生むんだが、どうも鳥羽天皇との間に出来た子供ではなく、養父である白河法皇との間に出来た子ではないのかと言う話しが出ている。実際、鳥羽天皇は祟徳のことを叔父子と呼んで忌み嫌っていたのだ…

    そして、このことが後に歴史を変える大事件に発展する。

  • なんだそのエロゲーみたいな展開は……

  • ちょっとわき道に話がそれたが、勘弁してくれ。

    まぁとにかく清盛の生まれた時代というのはとにかく貴族達の政治が乱れきっていた。

    そんな中、清盛は父である忠盛の頑張りもあって、武士のエリート一族、平家の御曹子として順調に出世していく。

    当時の平家の主な仕事は、法皇の警備を行う北面の武士という仕事や、盗賊や海賊の逮捕、神輿を担いで、朝廷に無理難題を要求してくる比叡山の悪僧達を追い返したりといったことだな。

    それ以外にも、清盛のいる平家は武士としては破格の国司という、いまでいう県知事のような仕事も任されている。これは、清盛の父である忠盛などが代々、朝廷に対して涙ぐましい努力をしながら仕えてきたことが大きい。

    しかし、これだけ仕えても、公卿と呼ばれる国政に参加できる地位には、武士はなれなかった。

  • 真面目に仕えても駄目なら、もう力ずくでいくしかないし!

  • そう、そしてそんな中、武士の力でしか解決できない大事件、の乱が発生するんだ。

    さっきお前がエロゲーみたいな展開だって言ってた白河法皇の一件がここにきて大問題に発展してくる。白河法皇亡き後、実権を握ったのは息子の鳥羽法皇。

    鳥羽法皇は、白河法皇が亡くなると自分の息子ではないかもしれない祟徳天皇に譲位させ、璋子とは別の得子という寵姫が生んだ皇子を近衛天皇として即位させたんだが、その近衛天皇が若くして亡くなってしまう。普通であれば順番からいって祟徳の息子に譲位するのが正しいんだが、鳥羽はよっぽど譲りたくなかったのか、祟徳の弟、後白河に譲ってしまい、その直後に亡くなってしまった。

  • 何という無責任……

  • そのことによって、残された祟徳と後白河の皇統を巡る対立が、ぬきさしならぬところまで進み、それにさらに貴族である藤原氏の内部対立も加わって、双方が武士を味方につけて京の都を舞台に大戦争が起こる。

  • 白河というスケベ爺の起こしたエロゲーから国を二分する決戦にまで発展してしまったのかし……

  • そしてこの対立は武士の家でも源氏は親と子、平家は叔父と甥が戦うという事態に発展する。

    そして、この戦いに勝ったのが後白河だ。清盛も、後白河方として源氏の源義朝と一緒に戦い勝利した。

    そして、この戦いを境に武士の力は認められ、発言権は大きくなった。

  • ついにここまできたんだし……

  • そして、保元の乱から二年後にまたしても戦いが起こる。平治の乱だ。

  • またかし!今度の原因は何なんだし?

  • 後白河天皇に国政の指揮をとることを任されていたのが、信西。この信西は大変真面目で、腐敗していた朝廷の政治を立て直そうと様々な改革を行った。そしてその改革を全面的に支援していたのが清盛だ。

    しかし、性急な改革は必ず不満をもつ反対勢力を生む。後白河の寵臣で藤原信頼というのがその反対勢力の筆頭だな。

    その信頼が、保元の乱のもう一歩の武士の頭目、源義朝を誘って、クーデターを計画した。

    信頼一派は、清盛が遠く熊野に行っているに、信西を殺し、後白河や天皇を幽閉し、一気に政治の実権を握ろうとした

  • 清盛あやうし!!

  • そう、あやうしだな。しかしここからが清盛のすごいところだ。

  • なんだし!?

  • それは次回に続く!!

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