戦国の女たち ねねVS淀殿

ただしが豊臣秀吉の正室ねねと側室淀殿の間で揺れているようです ねねや淀殿,豊臣秀吉を交えながらわかりやすく解説

2016/10/26

駱駝家

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ねね 淀殿 豊臣秀吉 日本史 豊臣家 戦国時代

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  • 群雄割拠の戦国時代は男性だけでなく女性もまた数多くの魅力的な人物が現れました。 その中でも特に有名な、ねねと淀殿の2人についてただしが何やら悩んでいるようです。

    BAHIさん(@ikgon85)が投稿した写真 -

  • サトル、ゆりか…僕はいま2人の女のどちらを選ぶべきか悩んでるんだし。

  • うそ!まさかのコイバナ?しかもあんたを挟んでの三角関係なわけ?!

  • 待てゆりか。女とは、いや人間とは限らない。カピバラとウォンバットでこいつを取り合ってるのかもしれない。

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  • 失礼だし!ちゃんとした人間だし!
    名前はねねと淀殿!天下人豊臣秀吉を挟んで争った2人だし!

  • ずこー…。

  • ずっこけもするわよ。まさか戦国時代の人の話だなんて…。

  • なんでお前がその2人の間で悩んでるんだ。そもそも、彼女らがどういう女か知ってるのか?

  • 知ってるし!ねねは鈴木京香で淀殿は竹内結子に似てるし!

  • それは2016年限定ですぅ!お父さん世代に聞いたらねねは沢口靖子、淀殿は松たか子って言いますぅ!

    結局何にも知らないんじゃない。

  • 実は学校でドラマの話が出て皆が自分だったらどっちを選ぶかで盛り上がってたんでまざりたかったし。

  • まざればよかったじゃない。

  • いつも机で寝てばかりの僕がいきなり話しかけたら何コイツって目で見られるからまざれなかったし!

  • (なんか、可哀想になってきた)
    そ、そうね、私だったらやっぱりねねをオススメするわ。
    秀吉をあそこまで出世させたのは糟糠の妻ねねの力が大きかったんだから。

  • そうなのかし?

  • 織田家に仕えていた頃の秀吉は、言わば織田って大会社のなかでコネもなしにいきなり頭角を現してきた新派閥だったわけ。
    他の大名家のように代々仕えてくれていた信頼のおける部下がいなかったのよ。

  • ふむふむ、苦労人だし。

  • だから縁のある子供を育てて一人前の武将にしていたの。

    彼らの世話をしたのはねねよ。代表的な人物としては加藤清正や、石田三成、福島正則がいるわ。

  • 加藤清正は有名な虎退治の人だし!

  • 他に人質として預かった子達も可愛がってたの。2代将軍徳川秀忠もその一人でねねを慕っていたそうよ。

  • 良い母ちゃんだったんだし。

  • そうよ、おかげで優秀な家臣団が出来たんだから。同輩の妻達にも気を配ってて、前田利家の妻まつとは大の仲良しだったの。
    ご近所づきあいもばっちりだったわけ。

  • まさに主婦の鑑だし!

  • 内のことだけじゃなく政治面での良いアドバイザーでもあったのよ。地位が上がるにつれて強引な部分が出始めていた秀吉もねねの言うことは素直に聞いたそうよ。

  • 秀吉は尻にしかれてたし?

  • と言うか、ねねの判断力を信頼していたんじゃないかしら?当時日本に来ていた宣教師が書き残した話なんだけど、ある時、彼と信者らが堺の町に教会を造る為に5本の大木を苦労して手に入れて運んできたの。

    ところがちょうど大阪城が築城中だということで奉行から強引に徴発されてしまったんですって。

  • あら気の毒だし。

  • そう、気の毒に思ったねねは秀吉に訴えたのよ。

  • なんて言ったし?

  • 秀吉は『他の者からだって材木を徴発しているのに何が悪い』って反論したんだけど

    それに対して『他の者達は日本人の家臣で貴方から与えられたもので身を立てているけれど、宣教師達は外国人で家臣ではなく貴方から与えられたもので身を立てているわけでもありません。
    今回の材木も彼らが懸命に自分達のお金を貯めて購入したものです。この不当な扱いを彼らが母国へと書き送ったら貴方の評判に傷がつくでしょう』って諌めたの。

  • うむ、理に適ってるし。

  • そして、ねねはどんなに位が高くなっても偉ぶらなかったの。
    秀吉が実は自分は公家の落胤だのなんだのと見栄を張ったのに対して、ねねは誰に対しても気さくに貧しかった頃の話を語っていたそうよ。

  • 母性あふれて賢く気さくな彼女…確かに僕にはお似合いかもしれないし。

  • 待て、淀殿の方だってねねとは違う魅力があるぞ?
    むしろただしにはああいうタイプの方が良いかもしれん。

  • 淀殿だし?う~ん、確かに竹内結子は可愛いし。

  • それは演じている女優さんだが、実際の淀殿もたぶん美人だったんじゃないか?
    なんと言っても伝説の美女、お市の方の娘だからな。

  • 美人には弱いし。

  • しかもお市は主君である織田信長の妹、父方の浅井家は古い名門の血筋だ。
    身分の低い生まれである秀吉にとっては側室とはいえ大切な相手だったんだろう。これは残念だがねねにはない要素だ。

  • ねねが庶民派の賢いおかみさんなら淀殿は名門のお姫さまなんだし。

  • 高貴な姫を手に入れるってのは男としては萌えないか?

  • でも淀殿って性格が悪いイメージがあるし。産んだ子供も秀吉の子じゃないって噂があるし。

  • そうだな。『絵本太閤記』という資料には淀殿はねねが皆に慕われることにひどく嫉妬し、また我が子秀頼が秀吉に似ていないと噂されることをすごく怒っているという記述がある。

  • よくドラマとかで見る設定だし。

  • だが、その資料が書かれているのが江戸時代だということを忘れるな。江戸というのは徳川家の時代だ。
    その時代に書かれた書物ならば敵であった豊臣家の中心人物をあえて悪く書いたということも十分考えられる。

  • なるほど。ネガティブキャンペーンてやつだし。
    トランプとヒラリーみたいなもんだし。

  • 『武功雑記』では大阪の陣を前に、年若い侍女を不憫に思って『戦が始まる前に大阪城から逃げろ』と諭す優しい逸話も残っているんだ。

  • 淀殿の性格がわからなくなってきたし。

  • 人には色々な面があるもんだ。ねねだって単なる善人とは言えないしな。

  • どういうことだし?

  • 秀吉の死後、ねねは大阪城を出て代わりに淀殿とその息子秀頼が実質豊臣家の主となった。
    その後に起こった関ヶ原の戦いは知っているな?

  • …。

  • 徳川家康率いる東軍と石田三成ら豊臣派の西軍の戦いだ。ここに東軍側の武将の名簿があるから見てみろ。

  • どこから出したし?ん?
    加藤清正に福島正則…ねねが育てた武将の名があるし!

  • しかも西軍を裏切って東軍を勝たせた小早川秀秋はねねの甥で養子でもある。
    ここを見るとねねが自分に縁のある武将達に密かに指図して豊臣家を奪った淀殿へ復讐したとも考えられないか?

  • ねねがそんな女だったなんてショックだし。

  • この後、大阪の陣で淀殿は秀頼とともに自害するが、ねねは徳川の保護を受け穏やかな晩年を送っている。
    彼女が家康と通じていた証拠とも思えないか?

  • 待って待って!確かにねね派の武将達が東軍についたり家康が彼女を保護したりしたのは事実だけど、ねねが淀殿への復讐の為に暗躍したっていう説には私は反対よ!

    ねねと淀殿は同じ目的を持っていて、だけど行動手段が違った為にそれぞれの結末に行きついたのよ。

  • 目的ってなんだし?

  • 豊臣家を守ることよ。戦国の世を生きてきたねねはリアリストだったから、秀吉亡きあと豊臣が大名家として生き残るには次の実力者である徳川に下るしかないってわかってたのよ。

  • ふむふむ。

  • かっての織田と豊臣のようにね。だから徳川家との間に立って仲を取り持とうとしたんだわ。
    徳川もその働きに感謝していたから彼女を大事にしたんじゃないかな。

  • なるほど、対する淀殿が戦をしてでも守りたかったのは豊臣家の天下人としての地位だったんだろうな。
    親の仇である秀吉の側室となってまで手に入れた頂点の座を手放すことは出来なかったんだろう。

  • 考えると淀殿も気の毒よね。ある意味、誇り高く潔いとも言えるけれど。

  • ねねはそんな淀殿を哀れに思っていたのかもしれんなあ。後日、ちゃんと供養もしているし。

  • う~ん全ては遠い歴史の彼方なんだし。

  • 確かなのは…。

  • な、なんだし?

  • どちらもお前の手に負える女じゃない!

  • ずこー…。

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