第2話

全2話

当たり前すぎて伝わりにくい缶詰のスゴイ歴史 第2話

カンヅメが産業になったし! 缶詰やツナ缶,メッキを交えながらわかりやすく解説

2015/12/25

えいすけこばやし

26

缶詰 ツナ缶 メッキ 世界史 食料保存 ブリキ カンズメ

  • facebook share
  • line
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • これからは缶詰の中身のお話になってくるんだしね!!

  • そうよ、あんたが大好きそうな話が満載よ。 じゃあいくわね。

    1860年前後、ブリキの缶詰の登場によって確かに長期保存できるようになったの。でもね、人間というのは贅沢なものでね、一般に流通しだすと、今度は食べられるというだけじゃ満足しなくなったのよ。つまり、「味」にもうるさくなってきたのね。 そして、そこに拍車をかけるようにに問題が起きたの。 それは「南北戦争」よ。

ふむふむ
へー
  • また、戦争だしか……。いやだしね…。

つまんな
www
へー
  • そうね、でもね戦争はある意味では経済を発展させるとも言えるの。アメリカは遠くの兵士にどうやって食料を届ければいいか?を考えた。そこで、やっぱりカンヅメが登場するっていうわけ。

    ブリキのカンヅメ職人たちは1日に35000個ものカンヅメを兵士のために作り続けたのよ。 そして、当時の兵士たちに一番人気のあったのは、カンヅメされたと、練乳。これは栄養価を考えると当然かもしれないわね。

ふむふむ
ワロタ
へー
  • 僕も練乳大好きだし!! いちごにたくさんかけるんだし! むしろ練乳にいちごをかけるくらいの感覚だし!

練乳は飲み物!
ワロタ
  • あ、そう。デブ。

    ということで、この戦争が引き金にもなって、1870年には年間の生産個数は3000万個にもなったのよ。そして、カンヅメはやがて一大産業へと発展。100を超える会社ができ、争いが始まったの。 そこで頭一つにけ出した人物が、ジョセフ・キャンベルだったの。彼がニューヨークで始めた保存食品の会社は今でも大会社としてアメリカに君臨しているわよね。 そして、彼が76歳で引退。彼の甥が会社に加わると、会社の方向性がちょっと変わっていったの。

キャンベルか!
へー
へー
  • その甥の人、なんかすごそうだしね……。

  • その通り。 ジョン・ドーランス、彼は科学者だったんだけどね、科学者らしく、味などを科学的に考え始めたの。そして、アメリカではまだあまり売られていない食品をカンヅメにしたらどうだろう? と考えたの。

    それが、カンヅメのスープだったの。 でもね、最初はそれが理解されず、会社からもらっていた給料は週休7ドルくらいだったのよ。 しかし、科学者らしく市場を解析してね、ついに濃縮スープを開発したの。 薄めても美味しいスープなんていうのはそれまでになかった第発明だったのよ。 だってね、カンヅメの大きさはそれほどでもない、でも家庭で水を入れることによって、そのカンヅメよりも数倍のスープが出来てしまうんですもの。まさに魔法よね。

へー
ふむふむ
へー
  • すごいだし! 今でもあるんだし! それがこんなに昔からあったなんて!!

  • そうね、すごい発明よ。さらに、すごいのは、1897年。なんと、5種類の味を発売するの。 トマト味、チキン味、オックステイル味、ベジタブル味、コンソメ味。 これって、今と変わらない定番の味よね。これがもう100年以上も前に出来ていたのよ。

  • お、おいしそうだし!!そして感動しているだし!!!

  • そして、キャンベル社は1904年には90万ドルの利益をあげて、その約80パーセントは彼の濃縮スープの売り上げだったの。

へー
  • すごい! でもその人はまだ週給7ドルだったんだしか?

  • いいえ、もちろん違うわ。彼は会社と契約して、スープの利益から5パーセントを得ることになったのよ。一気に大金持ちね。

  • でも、その発明なら当たり前だしよねー。すごい人だし!

  • 彼の子孫が今でもキャンベル社を引き継いでいるわ。今でもカンヅメスープの代表はキャンべルね。そして、1日に24万の缶を製造しているわ。

    カンヅメで大成功した例はまだあるの。わかるかしら?

  • うーん、なんだろうなんだろう?

  • いいわ、教えてあげる。 それまでアメリカ人は食べ物のの季節でしか、その食べ物を食べることはできなかったの。 まあ、これは当たり前よね。でもカンヅメの登場によって、その「季節限定」という言葉は良い意味で崩壊したの。つまり、いつてもどの季節のものでも食べられるようになったのね。

  • すばらしいことだし! 確かに、今ではいつでもなんでも食べられるだし!!

  • それは何かというと、アメリカの作物で以外にも大きな収益となる「えんどう豆」これは6月に収穫して出荷されるの。そのえんどう豆で成功する人物がジェームズ・ドーソン。1875年、彼は自らの会社を他の会社と協力し、当時非常に質の高いホテルだった、「デルモンテホテル」とも協力をしたの。そして、そのデルモンテホテルの名を、自らの食品業にも採用。 生まれたのが、今でも超大手の食品会社「デルモンテ」だったの。

デルモンテ!
  • えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! デルモンテも僕、知っているだし!!! ずっと家でもケチャップとか使っているだし!

  • そうね、そのデルモンテ、最初はホテルの名前だったのよ。

    そして、デルモンテ等の成功を見て、他の会社もカンヅメ業界に参入。なにか適した食品はないだろうか? と模索していたのね。そこで、当時ハワイ独特のフルーツだった「パイナップル」だったのね。その仕掛け人がジェームズ・ドール。もうわかるわよね。 私たちがよく目にする会社「Dole」なのよ。彼のパイナップルの追い風となったのが、1900年までにハワイはアメリカのものになったのね。つまり、税金がかからなくなった。 これによって大きな障害だった税金による問題がなくなり、彼のビジネスは一気に広がった。そして、ハワイに自社の農場を作り大成功、今もその活躍は続いているわね。

  • すごい人っていっぱいいるんだしね……。感動だし。やっぱり行動力だし! うん!

  • そして、1930年代になるとカンヅメは機械化され、さらに大きな産業になっていったの。 そこからは実にいろいろなカンヅメが登場したわ。グリーンジャイアントというえんどう豆の宣伝キャラクターが登場して子供を喜ばせたりね。

    でも、実は最初のグリージャイアントは緑の体ではなく、野人がボサボサ頭でCMに登場したの。でも、それが怖い!と子供は見て泣く始末だったのよ。なので、プロのデザイナーが彼を変えたのね。

    と、こんな風に、カンヅメ業界の広告にはたくさんのキャラクターも登場し、子供にも宣伝をかけ始めたのよ。

わかる
ふむふむ
  • 僕も知らない間にきっと影響されて買っているんだしよね…。だって家にカンヅメが一つもないなんてありえないだし! 絶対にあるだし。

  • そうね。2回にわけてザーーっとカンヅメの歴史を話してきたけれど、すごいのは約200年もの間、基本の形はほぼ変わっていないということよね。これはもうカンヅメが最初から究極の形だったということになるわね。きっとこれから100年近く経ってもこの形は変わらないと思うわ。

    なので、たかがカンヅメ! なんて思わないで、こういう歴史の重みを知りながら缶切りで開けて美味しくいただきたいわね。

シリーズ化希望
シリーズ化基本
わかる
ふむふむ
  • そうだしね! 僕も考え直しただし! もうカンヅメなんていらないなんて言わないよ絶対! だし!

マッキーw
  • じゃあ、今からカンヅメを買いに行って、カンヅメパーティーでもしましょうか?

  • それ最高だし! できればステーキが入っているカンヅメがあればいいのだしが……。

乙!!
  • おわり

Copyright © VOYAGE GROUP, Inc. All Rights Reserved.