第2話

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プロレスラー・ハヤブサが残した伝説を語っていくし 第2話

FMWのエースとして、そして羽ばたくハヤブサ! ハヤブサやFMW,ディレクTVを交えながらわかりやすく解説

2016/03/08

中本二郎

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  • 惜しくも急逝した名レスラー、ハヤブサについて、サトルがただしに解説しています。FMWで大仁田の引退試合、ノーロープ有刺鉄線金網電流爆破時限爆弾デスマッチを経てエースとなったハヤブサを待ち受けていたものは……の続きです。

  • 前回話をしたとおり、ものすごい死闘を繰り広げ、ハヤブサがFMWのエースとなる。

    テレビ出演が多く知名度もバツグンだったがいなければ三ヶ月で潰れると言われたFMWだが、ハヤブサを中心に、工藤田中正人(現・田中将斗)、松永光弘金村ゆきひろ(現・金村キンタロー)、ザ・グラジエーターらが奮闘し、人気を博する。

  • ハヤブサ!すごいんだし。

  • ハードスケジュールの中で、肘がパンクして欠場を余儀なくされるが、選手が足りないので強行出場。ハヤブサの負担はどんどん大きくなる。

    さらに、96年に大仁田はあっさり復帰する。

ワロタ
ワロタ
  • 大仁田もある意味すごいんだし。 引退って言葉の意味がわからなくなるし。

ワロタ
  • まぁ、そのおかげで今でも往年のレスラーの試合を見られるから一つの功績とも言えるが…。

    ハヤブサをエースとした新生FMWを押したい昌一社長と、大仁田の旧体制が対立し、皮肉にも面白い抗争が繰り広げられた。

  • やっぱり対立してこそプロレスは面白くなるんだし。

  • そこに、日本進出を目指した衛星放送サービスディレクTVが参入し、FMWをキラーコンテンツとして取り込む。この時点では、完全に新日本、全日本に継ぐ第三の団体となっている。

  • ハヤブサも大仁田も荒井社長もすごいし。

  • 97年に、そこからハヤブサは全日本プロレスマットに上がる。これは、かつての付き人だった大仁田が馬場さんに直訴したのが通った形だ。

  • なんだ、大仁田もハヤブサのことを考えてたんだし。

  • やはり愛弟子というものは憎めるものじゃないんだろう。

    それを受け入れた馬場さんも、愛弟子の大仁田の頼みならばいうことだったのだ。

  • 全日に参戦してるときは観たし!

  • やはりネット以前の時代。深夜とはいえ、地上波で放映されるかどうかというのは、知名度においても放送権料もぜんぜん違ったんだ。

    97年チャンピオンカーニバルで、みちのくプロレスの新崎人生とともに全日マットに参戦。 戦績は2勝7敗だったが、新日のスーパーJカップの時と同じく、メジャー団体では観られない動きに観客は魅了され、その年の東スポプロレス大賞では殊勲賞を受賞した。

  • メキシコ、新日本、インディー団体でデスマッチ、全日本と、すごい幅広さなんだし!

ふむふむ
  • そう。 ハヤブサはまさに鳥のように、団体の垣根を超えて様々なマットで活躍した。

    さらにECWというアメリカのハードコア団体にも、新崎人生とともに参戦。

    ファイトスタイルとしても、ルチャ・リブレに始まり、ハードコアデスマッチのECW、新日本の標榜するストロングスタイル、全日本の王道プロレス。こんな幅広い選手がいただろうか。

  • 幅広すぎなんだし!!

  • そうだな。だから、世界中でもハヤブサは愛されている。

    メキシコのWWA時代、アメリカのECW。そしてFMWはディレクTVを通じて世界に放映されていたし、新日本全日本の試合も世界中で観られている。

    ハヤブサ台湾応援会という会もあるし、今回の訃報にも海外からのコメントも多く届いている。

    発展途上でも放映されていたから、インディーズのプロレスの魂が貧しい国の人々にも伝わっていたのだろう。

    アメリカ最大手のWWEもニュースを出している。

  • そうなんだしね…。

  • そして98年には荒井社長と選手が大仁田に撤退を要求して、大仁田はFMWをあとにする。

  • やっと大仁田を追い出したんだし!

  • そして99年には、全日本で人生とのタッグで伝統あるアジアタッグ王者となる。

  • プロレス界のトップの一角なんだし!

  • しかし2000年にはディレクTVのほうが業績不振となり撤退。 経営が急速に悪化する。

  • 天国から地獄…。 ビジネスは難しいんだし…。

  • そして超ハードスケジュールとなった2001年に、体調不良の中リングに上がり、マンモス佐々木戦の途中、得意技のラ・ブファドーラを繰りだそうとして足をすべらせ、頭からマットに落下、全身不随の重症を負ってしまう。

  • それがラストマッチになってしまったんだし…。

  • 新生FMWは不渡りを出し、36歳、荒井社長の自殺という最悪の結末を迎えた。

  • そうだったのかし…。

  • その後も、FMWは冬木弘道がガンで亡くなり、サンボ浅子は糖尿病で亡くなり、グラジエーターとして活躍していたマイク・アッサムは首吊り自殺…と不幸に見舞われまくる。

  • 試練にも程があるし…。

  • そんなこともあったのでファンの中には大仁田に罵詈雑言を浴びせる人も多いが、大仁田がいなければFMWが無かったのもまた事実。新日本における猪木のようなものだ。

  • なんかかぶるところがあるし。どちらも議員になったし…。

  • それでも、ハヤブサは復帰を目指してリハビリを続けていた。 事故直後は、死にたいと思っても体が動かないから死ねなかったという思いを吐露している。それでも驚異的な精神力と体力で復帰を目指してリハビリを続け、多くの人を元気づけていた。

    意識も言葉も問題はないから、シンガーソングレスラーと名乗って歌手活動も始めた。

    -ハヤブサが唄う 東日本大震災復興応援ソング「頑張っているあなたに

  • できることからやっていったんだしな。 障害を持つ人も元気をもらえそうなんだし。

  • 事故よりずっと前、インタビューで飛び技を多様することについてテレビのインタビューでこう答えていた。

    「怖くないと言えばウソになります。 僕自身、高いところがあまり好きじゃないし。 やっぱり危険は伴いますからね。どうしても。 当たっても外れても自分にとってダメージのある技ですから、飛び技っていうのは。 でもやっぱり、僕が観る立場だったら、ハヤブサの試合を観るんだったら飛んでる姿を観たいし、僕を観に来てくれてる人たちっていうのはそういう部分を期待してくれてる人が多いと思うんですよ。 そういう期待があるんであれば、ハヤブサである以上、その期待に答えていきたいっていうのはあるし、そうじゃなかったら、ハヤブサとして名乗ってリングに立っている意味がないんで。これからも怖かろうが何しようが、一発一発の飛び技のキレイさや破壊力にはこだわっていきたいと思います」

  • まさにプロレスラーの鑑なんだし!

  • ハヤブサの死後、大仁田はハヤブサの復帰プランがあったことを発表した。現在のFMWが、ハヤブサ復帰のための団体であったことも。

    まだ車椅子から立ち上がって、5mから10mほど歩けるようになったばかりだが…。大言壮語の多い大仁田だが、これだけは信じたいところだ。

  • うーん…。 複雑なんだし。

  • 大仁田以外にも、ハヤブサの交流のあったレスラーは多くいる。 最後にちょっと交流関係と、ハヤブサの得意技について振り返ってみよう。

  • 知りたいし!!

  • つづく

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