第3話

全5話

ただしが椅子の中に住んでいるようです? 第3話

手紙の内容が次第に異常な世界に…… 人間椅子や江戸川乱歩,小説を交えながらわかりやすく解説

2016/01/31

えいすけこばやし

3

人間椅子 江戸川乱歩 小説 ホビー 日本文学

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  • 物語はいよいよ佳境、第三話です。引き続き手紙を読んでいますが、人間が椅子に入っているということが分かってきました。一体なんのために……

  • もうとっくにお気づきだと思うだしが……

  • ボクの、この奇妙な行いの第一の目的は、人のいない時を見すまして、椅子の中から抜け出し、ホテルの中をうろつき廻って、盗みを働くことだったんだし。椅子の中に人間が隠れていようなどと、そんなばかばかしいことを、誰が想像すると思うだし? ボクは、影のように、自由自在に、部屋から部屋を荒し廻ることができるんだし。そして、人々が騒ぎはじめる時分には、椅子の中の隠れ家へ逃げ帰って、息をひそめて、彼らの間抜けな捜索を、見物していれば良いんだし。

  • なんて人なの…。特殊な空き巣じゃない…。

  • あなたは、海岸の波打ち際などに「やどかり」という一種の蟹のいるのを知ってるだし?

    大きな蜘蛛のような恰好をしていて、人がいないと、その辺を、わが物顔に、のさばり歩いていますが、ちょっとでも人の足音がしますと、恐ろしい速さで、貝殻の中へ逃げこむんだし。そして、気味のわるい毛むくじゃらの前足を、少しばかり覗かせて、敵の動静を伺っているんだし。ボクはちょうどあの「やどかり」みたいだったんだし。貝殻のかわりに椅子という隠れ家を持ち、海岸ではなく、ホテルの中を、わが者顔にのさばり歩くんだし!

  • ばかにしないでよ。やどかりくらい知ってるわ。

  • さて、この私の突飛な計画は、人々の意表外に出て、見事に成功したんだし。ホテルに着いて3日目には、もう、たんまりと、ひと仕事すませていたほどだったんだしよ。いざ盗みをするというときの恐ろしくも楽しい心持、うまく成功したときの、なんとも形容しがたい嬉しさ、それから、人々がボクのすぐ鼻の先で、あっちへ逃げた、こっちへ逃げたと、大騒ぎをやっているのを、じっと見ているおかしさ。それがまあ、不思議な魅力をもって、ボクはそれを楽しんでいたんだし。

  • ほんとに悪趣味。今さらだけど…。

わかる
  • でも、私は今、残念ながら、それを詳しくお話ししている暇はないんだし。ボクはそこで、そんな盗みなどよりは、10倍も20倍も、私を喜ばせたところの、奇怪きわまる快楽を発見してしまったんだし。そして、それについて、告白することが、実は、この手紙の本当の目的なんだし……。

  • こ、こいつ完全にイっちゃってるわね……。でも確かにすごいアイディアとも言えるわ。 それで? この人はこの後何をしたのかしたら。妄想なのは分かっていても気になるわね……。先を読んでみましょうか。

ワロタ
ワロタ
  • お話を前に戻して、ボクの椅子が、ホテルのラウンジに置かれた時のことから、はじめなければならないんだし。 椅子が着くと、ひとしきり、ホテルの主人たちが、その坐りぐあいを見廻って行きましたが、あとは、ひっそりとして、物音ひとついたしません。多分、部屋には誰もいないんだしね。到着怱々。

  • そうそう、椅子から出ることなど、とても恐ろしくてできるものではありません。ボクは、非常に長いあいだ(ただそのように感じたのかもしれませんが)少しの物音も聞き洩らすまいと、全神経を耳に集めて、じっとあたりの様子をうかがっていたんだし。

  • …。緊張感が伝わるわね…。

  • そうして、しばらくしたら、多分廊下のほうから、コツコツと重くるしい足音が響いてきたんだし。それが、2、3間むこうまで近づくと、部屋に敷かれたジュウタンのために、ほとんど聞きとれぬほどの低い音に変わったんだしが、間もなく、荒々しい男の鼻息が聞こえて、ハッと思う間に、西洋人らしい大きな体が、ボクの膝の上にドサリと落ちて、フカフカと2、3度はずんだんだし。ボクの太腿と、その男のガッシリした偉大な臀部とは、薄いなめし革一枚を隔てて、暖かみを感じるほども密接しているんだし! 幅の広い彼の肩は、ちょうどボクの胸の所へ凭れかかり、重い両手は、革を隔ててボクの手と重なり合っているだし。そして、男がシガーをくゆらしているのでしょう。男性的な豊かな薫りが、革の隙間を通して漂ってくるんだし。

  • 読んでるだけで息苦しくなってくるわね…。

  • ユリカ氏、仮にあなたが、ボクの位置にあるものとして、その場の様子を想像して欲しいんだし。それは、まあなんという、不思議千万な感覚だし。ボクはもう、あまりの恐ろしさに、椅子の中の暗やみで、堅く堅く身を縮めて、わきの下からは、冷たい汗をタラタラ流しながら、思考力もなにも失ってしまって、ただもう、ボンヤリしてしまっていたんだし。

    その男を手はじめに、その日一日、私の膝の上には、色々な人が入りかわり立ちかわり腰をおろしましたし。そして、誰も、私がそこにいることを――彼らが柔かいクッションだと信じきっているものが、実はボクという人間の、血の通った太腿であるということを――少しも悟らなかったのでございますし。

  • キ、キモい!!!! 異常ね。どんだけ妄想癖の強い奴なんだよ……。

  • まっ暗で、身動きもできない革張りの中の天地。それがまあどれほど、怪しくも魅力ある世界だと思うだし? そこでは、人間というものが、日頃目で見ている、あの人間とは、全然別な生きものに感じるんだし。彼らは声と、鼻息と、足音と、衣ずれの音と、そして、幾つかの丸々とした弾力に富む塊にすぎないんだし。ボクは、彼らのひとりひとりを、その容貌のかわりに、肌ざわりによって識別することができちゃうんだし。あるものは、デブデブと肥え太って、腐った魚のような感触だし。それとは正反対に、あるものは、コチコチに痩せひからびて、骸骨のような感じがするんだし。

  • そのほか、背骨の曲がり方、肩甲骨のひらきぐあい、腕の長さ、太腿の太さ、あるいは尾てい骨の長短など、それらのすべての点を総合するとだしね、どんなに似寄った背格好の人でも、どこか違ったところがあるんだし。人間というものは、容貌や指紋のほかに、こうしたからだ全体の感触によっても、完全に識別することができると分かったんだし。

  • なにその特殊能力。 なんの役にも立たないわよ…。

  • 異性についても、同じことが言えちゃうんだし。普通の場合は、主として容貌の美醜によって、それを批判するんだしが、この椅子の中の世界では、そんなものは、まるで問題外だし。そこには、丸裸の肉体と、声の調子と、匂いとがあるばかりなんだしウヒヒヒ。

    ユリカ氏、あまりにあからさまなボクの記述に、どうか気をわるくしないで欲しいんだし。ボクはそこで、一人の女性の肉体に(それは私の椅子に腰かけた最初の女性だったんだし)はげしい愛着を覚えたんだし。

  • ド…ド変態だわー…。

  • 謎の変態男からの手紙は第4話へ続きます…。

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