第2話

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ただしがスナック菓子の歴史を知るようです 第2話

やっぱりポテチがナンバーワン! スナック菓子やポテトチップス,バーベキュウを交えながらわかりやすく解説

2016/02/27

えいすけこばやし

22

スナック菓子 ポテトチップス バーベキュウ フード ポップコーン チートス

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  • 「ゆりか」にスナックの歴史を教えてもらっている「ただし」。お話はポップコーンから始まりいよいよ世界的なスナックビジネスの話題になりますよー。

  • 映画館のポップコーンのお話まで聞いたし!! 次はどうなるし?!

うける
ワロタ
www
  • ちょっと待ってね。映画館で売られたポップコーンのお話にはちょっとだけ補足があってね、その後、映画館のポップコーンの塩の量が増やされたの。

ふふふ
へー
へー
ワロタ
  • なんだし?何かあるんだし?

  • そうなるとどうなったと思う?

  • しょっぱくなったし!

  • せめてボケろよ…

    塩の量が増やされたことで、客は喉が渇くでしょ?つまり……。

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  • なるほどだし!ジュースも買ってしまうことが多くなるし!

  • エグザクトリー! その通りよ。これで不況だった映画館の売り上げは爆発的に伸びたのよ。 ちょっとズルいようにも思えるけどね…。

  • 賢いし!

  • いや、でもスナックのビジネスにはもっともっと裏の販売戦略があるのよー。

    それじゃあ、続きを話していくわね。 ポップコーンはね、さらにテレビが家庭に入ってきたことから売り上げが伸びたの。 当時はテレビを見ながら食べるには最適のお菓子でしたからね。

  • でもまだ家庭でポップコーンを作るのって結構大変だし?

  • そうね、でもねちょっと時は経って、1959年。ポップコーンが完全に家庭のスナック菓子として確立される発明がされたのよ。

    それが、今でも全く同じ形で売られている、あの銀紙が熱すると広がって、中でポンポンと破裂し、しかも外にはこぼれない、あの商品なの。 これは子供にも大人気。 食べて美味しいのはもちろん、作るのも楽しいという部分が大ヒットの要因になったのよ。誰でもあれを作った記憶があるんじゃないかしら?

へー
  • あるし!今は100均で買えるしー!

ワロタ
ワロタ
ワロタ
ワロタ
ワロタ
わかる
ワロタ
ワロタ
ワロタ
  • そうよね、この時点で完全にポップコーンは世界の国民食になったといえるしょうね。

    さらに、オービルレベンバッカー氏がさらにポップコーンに適したとうもろこしを開発したの。 レベンバッカーのポップコーン用のとうもろこしは今でも世界中で売られているのよ。

    さてと、ついにあんたが好きなスナックの話になってくるわよーー

  • でも僕、もうすでにポップコーンをた食べてたくてたまらない気分だし!

  • でもポテトチップスの話に移るわね。

  • きたし!!!!!  ついに!!!!

www
  • そうね、1853年、ニューヨークのサラトナのある食堂からすべては始まったの。

    ある時、そのレストランでポテトフライを注文した客がいたの。でもね、厚ぼったく油べっちょりのポテトに対して、厨房に文句を言ったのよ。

  • ク、クレーマーだし!!

  • うーん、まあ当時の雰囲気はわからないけど、今で言えばそうかもしれないわね。

    それでね、文句を言われたコックのジョージ・クラムは頭にきてね、このやろう!!!! っていう意味で、わざと馬鹿にするという意味で、これ以上できないというくらいポテトを薄く切って揚げて出したのよ。

    すると……。

  • わかったし!!!

  • そう、馬鹿にするつもりが、客に大好評!そしてそのレストランで通常のメニューとして採用さるるにまでなったのよ。

    でもね、彼はそれを大したことだと思っておらず、その特許も取らなかったの。だからすぐに他のレストランでも同じものが出されるようになったのね。彼が特許をとっていたら逆に今のポテトチップス文化の発展はなかったかもしれない。取らなかったからこそ、みんなが作り出して発展していったのよ。

  • すごい人だし~!

    どこにヒントが隠れているかって本当にわからないものだし。

  • さらに、人気に火がついたポテトチップに起業家たちが目をつけて、普通の商店でも売れないかと考え出したのよ。

    ここからがスナックが完全なビジネスになる潮目といえるしょうね。

    そして、食べるためにレストランに行く必要がなくなったポテトチップスは大ブレイク! アメリカ中で売られるようになったのよ。

人気ににが
  • それでいよいよ色々な業者が出てきて争いが始まるし!?

  • でもね、まだまだ技術的な問題があったのよね。ポテトチップスの最大の敵は、「湿気」なの。それは今でもそうよね。でも当時は今のような密封できる袋はなかった。

    そこへ、1926年カルフォルニアの女性、ローラ・スカラーさんがパラフィン紙で袋を作れば湿気を遮断できることを発明。これは大革命だったのよ。

  • すごい人がいるし~~。でも商売ってそういうことの連続で進歩するんだしー。

  • あんた珍しく学術的な発言ね……。

    そして、袋自体に印刷をすることで宣伝になることもわかって、さらに1930年、禁酒法の終了とともに、お酒の「つまみ」としてさらにポテトチップスは発展してくことになるの。

    この時代、すでにポテチのメーカーは200社を超えていたのだから驚きよね。

  • すでに200社かし!そうなると今って……。

ワロタ
  • まあまあ、それはこれからお話していくわ。 1932年、当時24歳のヘルマン・レイが小さなポテチ会社の配達員として就職したの。

    彼はメキメキと社内で頭角を現して、1937年には自分の勤めていた会社を買い取るほどになったのよ。

    彼の発明が、連続式フライヤー。つまりは、人件費をかけずにポテチを自動大量生産できるシステムを開発したのよ。

  • ま、まさか、そのハーマン・レイって、あの……。

  • その通り! 今でも世界最大と言われるスナック菓子のメーカー「レイズ」の創始者ね。

  • すごい!僕のなかでもレイズのスナックは最強の美味しさだし!!

  • それも彼の発明があってのことなのよ。

    時期的にもこの後すぐに第二次世界単線が勃発。砂糖は配給制になって品薄なのに対し、塩やジャガイモはアメリカに多くあったのよ。それがさらにポテトチップス発展の引き金になったのよ。

    そして、今では伝説になっているポテトチップスの裁判へと事態は向かうのよ。

  • さ、裁判だし!! なんかただならぬ事が起きたし……。

  • そうね、1950年代、P&G社は消費者に対してマーケティングを行った結果、「形が均一のほうがいい」という意見を大事に今でも大人気の「プリングルス」を発売したの。

    これが大ヒット! それまでのポテトチップスはもちろん形は均一ではないし、袋のなかで割れたりもしていた。でもプリングスは違ったのよ。

  • 今でもあるし!!! 大人気だし!! ヒゲのおじさんの。

  • プリングルスがあまりにも人気になってね、他のポテチ業者はなんとかしないと、と考えたのね。で、訴える事にしたのよ。

  • 容赦ないし!パクリと言われたのかし?

  • と思うわよね。でもね、他のメーカーの言い分は、 プリングルスはポテトを揚げているのではなく、小麦粉など加えて練ったものを成形しているものであって、ポテトチップスではない!と。

  • あ、言われてみればそうだし……。製造方法はクッキーとかに近いかもしれないし。

  • なので、プリングルスはポテトチップスを名乗るな。という裁判になったの。

    で、結果、 ポテトチップスと言ってもいいが、乾燥ポテトで作った加工食品です。と明記しなければならなくなったよ。

  • 子供の争いみたいだし……。

  • でも、これは当初の業者のなかでは死活問題だったのでしょうね。 今考えればなーんだそれ、った感じだけどね。 すいぶん昔のように思えるかもしれないけどね、この裁判って1970年代の話。 まだそれほど昔じゃないのよね。

  • どっちもうまいからいいし…

  • そして、日本にポテトチップスが上陸したのもこのあたりね。料理として食べたポテトチップスに感動したおつまみ菓子屋さんの創業者が、試行錯誤の末、1962年「コイケヤポテトチップス のり塩」が生まれたの。

  • イケイケゴーゴー!! のり塩本当に最高だしー!!

  • ちなみにのり塩味を出したのは、湖池屋が世界初よ。

    はい。で現在に至るという感じよ。

    ここから、押出成形という技術の開発や、様々な住み分け商品が開発されて現在に至る。 どう、勉強になった?

  • すごかったしー! まず最初がポップコーンだというのも知らなかったし!

  • じゃぁお腹も空いたし、コンビニでもいくかー。

  • ゆりか太るしー

www
  • お前が言うかよー

  • 知らないーwこんど調べておくわー

  • おわり

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